上白糖、大盛りで

特に益はないです

ぐったりしている。ただの(ドラクエをプレイしたことがないのでこのネタはやめときます)

こんにちは。調子はどうですか? 私はだめです。

今日は一日、布団でネットサーフィンをしていた記憶しかありません。ざぶーん。人には正の感情で満ち満ちている時間帯と、虚無な虚無で虚無虚無している時間帯があるというのが私の持論(特に公言はしていない)ですが、今日は完全に後者です。というか、今週全部そんなんだった。精神衛生上、非生産的な時間を持つことは良いことであると思われますが、ねえ?

最近読んだ本の話

野崎まどの『know』(ハヤカワ文庫JA)を今更読みました。凄かったです。疾走感がかっとんでる。印象としては、SFというより現代風の神話という趣でした。SFを嗜まないので、この印象が妥当かどうかはわかりません。最近SFも積み始めたので、そのうち何か掴むと思います。

他にはアランの『幸福論』(岩波文庫)を半分読むなど。エッセー集なんですけど、大体の話が「くよくよ考えるな」「適度な運動をしろ」でまとまります。さすがにざっくりすぎるまとめ方ですが。きちんとまとめたい方はがんばってください。私は、やる気が出たら、残り半分を読みます。

あとは「やっぱり詩とか読んだら教養が広がるのではあるまいか」と雑に買った『中原中也詩集』(岩波文庫)。動機が不純ですね。ちまちま読み進めていますが、「んー?」「あーわかる」「わーきれい」で感想が大別できるのは、読み方としてどうなのでしょう。今のところ『憔悴』と『更くる夜』が好きです。

マンガ、ラノベの買い食いとかも一応してはいるものの、現状、消化量が少ない。積み本ばかりが積まれていきます。

言葉の形

言葉は『表したい感情や思考を翻訳するツール』だ、と今まで思ってたんですけど、最近『伝えたい感情や思考を詰め込む袋』とした方が適切なのではないか思うようになりました。感情や思考は抽象的なものだから、袋に詰めて具体化することでしか触れられないのだけれど、そうして触れたものは袋越しのそれでしかないよね、とか。そう考えると言葉というものはある種の祈りだね、みたいな。まあ非言語コミュニケーションに関しても同じようなことが言えますが、言葉は具体性が強いからその辺の難しさも大きいよね、みたいな話でした。

小説の書き方

この前、ふと思うことがあって「小説 書き方」とかいうまあまあアレなワードでgoogle検索をしたんですけど、その手の解説、ほとんどが「プロット書き方講座」なんですよね。「物語の作り方講座」でもいいんですけど。何というか、噓でしょう。もっとあるはずでしょう。場面主体の書き方とか、構成主体の書き方とか。誰かー! 小説(趣味)の書き方を教えてくれー! 自由ー? しらばっくれんなですよー!(虚空に向けて)

今度、プロット式は試そうと思います。あと、このブログで自分の書き方を整理してみようと思います。タイトルは「How I write a novel」とかで。

 

虚無レベルが多少下がった(10虚無→5虚無)ので、今回のブログは現時点で既に大成功です。おやすみなさい。

2016年度反省会

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Q:文芸部って何をするんですか?

A:たまに小説を書くことがあります。

Q:どんなの書くんですか?

A:いやあ。

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こんにちは。調子はどうですか。

私は先日まで風邪をひいてました。扁桃腺→鼻→頭痛。擬似花粉症で気分はまさしく春爛漫。わーい。体調管理は大事ですね。

今回は文芸部員として2016年度に書いた小説について内容にあまり触れない形で反省会をします。内容に触れない理由は冒頭のQ&Aで察してください。内容が気になる方は部誌を買うなどしてください。まあ備忘録ですね。チラ裏サイコー。

では、始めます。

 

春号『手』『病』

題:淀みなく曇りなく

テーマ:手

字数:約1000字

ジャンル:日常

帯:人の手に見えるが、樹皮に似た表面は、ただれている。

小説未満の何かは書いたことがあるけれど、まともに小説を書くのはこれが初めて。入部してから春号締め切りまで数日あることを知り「なら書こう!」と思ったのはよかったのだけれど、パッと思いついたイメージは「人型ロボットの腕を(ホルマリン漬けでなく)オイル漬け」だった。関連ワード:大戦、焦土。暗いね。初手これはいかがなもので? そもそも時間と技術的に書けないんでは? まずいなー、と思いながら味噌汁をつくってたら、この話が降りてきた。おお、暗くない! オイル漬けは没にした。

「自主制作の5分アニメっぽい雰囲気」をイメージしながら書いたけれど、それっぽさが出てるかは知らない。楽しく書けたからいいじゃない。推敲過程でセリフを削ぐことの楽しさを知る。あと「禁止ワード:ゾンビ」で書くのが地味に難しかった。

タイトルの由来は全体の雰囲気と生育条件。

 

夏号『偽』『人形』

題:Nothing There

テーマ:人形

字数:約7100字

ジャンル:日常

帯:そう考えると、これは感傷なのかもしれない。

春号の登場人物を流用したけれど、フルネームを作るのに3日かかった。千原沙良。キャラコンセプト:静かな傍若無人。退廃的で良いという感想をもらって嬉しかった。

「自主制作の15分アニメっぽい雰囲気」以下略。1000字を大幅に超えて書くには体力が要ることを知る。戯曲形式を挟もうとするものの上手くはまらず、該当箇所はSS風味の文になる。シャフトっぽい演出をしてみたかったんだよ。アイトライドトゥードゥー。話の全貌がわかりにくかったり、ぎこちない部分があったりで、反省が多い。反面、楽しく書けたからいいのではと思う向きもある。

タイトルは直訳で「そこに何もなく」。意訳で「何ということもない話」。

 

秋号『名』『言』

題:カントリー・ロード

テーマ:名

字数:約7600字

ジャンル:青春

帯:言ったところで、彼女は旅を続けるのだろう。

夏号から男を二人連れてきた。クロスオーバーが行われる理由をなんとなく察する。キャラメイクにかける時間が節約できるからというのも主要な理由なんだろうなとか。「っす」語尾の難しさを知る。微妙な不遜さがにじみ出てかわいくなる、はずなんだけどなー…。書評会で、女の子が性別わかりにくいと感想をもらった。

制作日数が夏号より短く、己の遅筆ぶりを思い知る。設定が微妙に暗かったので明るくいくぞと意気込んだはずが、途中からなぜかしんみりした感じになる。当初の予定では「ジャンル:日常」だった。うまくいかないね。設定を組んだ時点でこうなるのが必然だったのかもしれない。終盤の青春シーンはかなり気に入ってる。最初に浮かんだのもこのシーンだった。

タイトルの由来は曲名とか田舎道とか。

 

冬号『灯』『失』

題:灰は春風に吹かれて

テーマ:灯

字数:約7500字

ジャンル:契機

帯:パキイ。火花の音が聞こえた。

秋号がなぜかしんみりしたので、今回はちゃんとしんみりしようと決意した。夏号の前日譚なので、夏号の解説としての役割も果たしている(夏、冬を合わせて読む人がいるかは知らない)。

やわらかな表現をするのには文章力が相当要ることを理解する。ものすごくてこずったけれど、その分今までよりはうまく書けたような気がする。しんみりつながりで昔書いた話(咲かない空と乾いた雫)をオマージュしつつアンチテーゼを示して、とか試みたけれどあまり成功しなかった。慣れないことはなかなかできない。セリフを削ぐのは楽しかった。

タイトルは人の目に留まるものにしようと毎回考えているのだけれど、今回は狙いすぎた感が否めない。Fateの宝具っぽい。5分で済ませるとこうなる。

 

年度号『舞』

題:アウトロー

テーマ:舞

字数:約1200字

ジャンル:日常

帯:ピョピョ、ピュピョピュピョ。

コピ本でページ制限が緩い季節号に対し、年度号は印刷を外注するためページの上限が決まっている。上限は4pだったのだけれど、初心に帰るということで春号と同じ2pにしようと決めて書いた。登場人物も春号と同じ。

夏の小ネタの焼き直しと、何でもない無駄話。帯文は、何度聞いてもこうとしか聞こえなかった。メタ的には一年間の反省。

時系列が、冬号→夏号→春号→秋号→(秋号・)年度号なので、ある意味エピローグ。2017年度は別の設定で書きたい。千原沙良の話は思いついたらネットに上げるかもしれない。

タイトルは直訳で「無法者」、意訳で「破格」。言うほど崩せてないよな、という気まずさがある。

 

以上です。読み切った方とかいるんですかね。ここまで読んだなら、ついでに部誌も買いませんか。新刊200円、旧刊100円、年度号は確かもう少し割高だったと思いますが、だいたいそんな感じです。お待ちしております。

ロジカルな文が書けない

こんばんは。いい夜ですね。
別にいい夜でもない? そもそも夜に読んでいるとは限らない?
社交辞令は難しいですね。
こんばんは。チラ裏はそれなりに自由です。
最近、積み本の消化をしています。積み積み積まれた小説・ラノベ。申し訳程度に置かれている新書・勉強本。なにゆえ買ったのちくま学芸文庫
最近一番面白かったのは『おにぎりスタッバー』でしょうか。たぶんライトノベル。タイトルと同名の第一章でぶん殴られました。おにぎりってそういうことですかよ。一見ごった煮エンタメっぽいのに筋はちゃんと青春小説だったり、文体の癖が強すぎるのが逆に魅力的だったり、あと主人公かわいい。続編というか前日譚『ひとくいマンイーター』も良かったです。こちらの文体は比較的正統派。けれどもキャッチー。何でしょうねこれは。内容については終盤「うぐわぁ」とうめきながら第一章を読み返しました。最終章も良かった。以上。気になったなら読みましょう。
読んだ本の感想を書くのって楽しいですね。今から書く話とは全く関係ないですけど。

「ダメなトピック」の話
まあ単純に「見聞きすると不快になるもの」と言ってしまってもいいんですけど。
私は、外科手術とか内臓の病気とかの映像を見ていると貧血気味になります。教習所で見た救命講座のビデオも辛かった。細かく考えると「死」そのものと違って「死の近辺」は知覚しうるものであるから「近辺」に対しては共感が強く働いて云々みたいな話だと勝手に思ってるんですけど、端的に言えば生理的に無理です。
あとは、無下になるものを見ると悲しくなります。観客ゼロのストリートミュージシャンとかホテルバイキングの食べ残しとか。しょうがないんですけどね。感情がきしむ。意地悪く言いかえると、倫理的に無理です。(倫理とは普遍的、世間的なものではないかという方は前回の記事か太宰治の『人間失格』でも読んでください)
皆さんはどうでしょうか。いえ、不快になるのであんまり考えなくていいです。
「ダメなトピック」は人によって違いますが生理的なものと倫理的なものに大別できます。そういう話です。

倫理性について

さっきの私の例にも言えることなんですけど、生理的にダメなトピックって大体クリティカルで、逃げるか黙ってやり過ごすしかまともな手がないんですよね。生理的に判断できる時点で否定しようがないから。
で、次は倫理的にダメなトピックをどうするかです。これは割とどうにでもなります。見ざる聞かざるを貫けばそのうち忘れますし、良心的に解釈してダメ認定から外すという手もあります。それでも足りない時は、自分で原因を取り去れば良いのです。演奏を終えた彼に拍手を送りましょう。お皿にミートパスタでも乗せましょう。まだ足りない? 他の人に声をかけましょう。何をどうしても共感が得られない? 諦めましょう。嫌? 怒りましょう。え、怒ったんですか。マジですか。

というわけで今回言いたかったことは「怒りは倫理性よりもたらされる」でした。君自身の為に怒っているんだとか、それでは社会でやっていけないぞと怒鳴るとか、そういうのに辟易する理由はこの辺りだろうな、という感じで。

 

これ、書き手の私はノリノリですが、読んでる側としてはどうなんですかね。「ダメなトピック」?

 

言語化してみることに意義があるのです

皆さん、こんにちは。あるいは、きのうは、おとといは。

つくづくライブ感がないですね。

改めまして、こんにちは。

線形の単位ありました。普通にうれしい。すばらしきかなB/(A+,A,B,C,D)。ありがとう線形。おかげで自分は四則演算が苦手らしいことがわかった。小学生かよ。何はともあれ、普通でよかった。普通が一番。

普通について

「普通」という言葉、結構普通に使うんですけど「普通」って何なんですかね。とりあえず「ありふれたこと」とすると各人の言動・思考は各人にとって大概ありきたりですし、日常というものは然したる変化がないからこそ日常なので、大体の事象が「普通」で片付きます。あなたも普通。私も普通。一億総普通社会です。え、違う?  ええ、正しくは「あなたも(自称)普通。私も(自称)普通。」ですけど。いいじゃないですか。

常識について

いくら普通像に個人差があるとしてもそれぞれの要素を照合すれば、最大公約数的な普通像が得られるだろう。それこそが真っ当な「普通」じゃないのか。こう言語化した人がどれだけいるかはともかくとして、そういう発想に基づいて形成される知識体系がいわゆる「常識」というものなのではないかと思うのです。円滑なコミュニケーションを行うには普通像が近いことか普通像を把握することが必要になりますが、ではコンセンサスをとりましょうかと日常会話でおっぱじめるほど人間暇ではないでしょう。そこで役立つのが「常識」です。初対面の人と会話するとき、天気の話でお茶を濁すことができるのも常識のおかげですし、当たりを付けて趣味を探ることができるのも常識のおかげです。「常識」は「普通」と同じく個人差のあるものですが、その成り立ち上、担い手の少ない常識は担い手の多い常識に淘汰される性質があります。そう、常識とは多数決の産物なのです。行く先が集合知か衆愚かは神のみぞ知る。良くも悪くもないところに落ち着くのが常とは思いますが。「良くも悪くもない」というのは結局「普通」ということですか。そうですか。

 

微妙に小論文っぽくなってきましたが、眠いのでこの辺でやめます。結論…? リテラシー辺りだと思いますよ。

 

タイトルを考える気力はなかった

皆さん、いかがお過ごしでしょう。

ところで、この場合の「皆さん」は誰を指すのでしょうね。少なくとも読んでるあなたはワンオブ皆さんです。ウェルカムトゥーマイ皆さん。え、願い下げ?

仕切り直して、皆さんいかがお過ごしでしょう。

私はと言えば、授業も短期バイトも終わり「休暇中の大学生」と書いて「むしょく」と読ませる生活が続いているのが現状です。期末試験とバイトの頭をぶつけて死ぬかと思った。正直、線形の単位辺りは死んでる感触がある。阿保ですね。まあ過ぎたことです。

時間ができると急にブログが欲しくなったので、ブログを開設しました。

Twitterを始める前に使っていたブログも現存しているには現存しているのですが、あちらは役目を終えたかなということでおニューのブログを設えました。いや、だって中高生のときのブログなので。何書いたか思い出すだけで恥ずかしくて恥ずかしくて。このブログも直に恥ずかしくなるのでしょうね。

こういう中身のない140字以上の文を書き連ねるためにつくられたのがこのブログです。誰も読まなくていいんですけど、読まれる可能性があることそれ自体が書き手に緊張感を生むのだー的な。雰囲気づくりですよ。170226.txtじゃ味気ないんです。

 

ブログ名の由来

深夜帯に動いてるとき、眠気覚ましに紅茶を飲むんですけど、そういうときって大体、手元にお茶請けがないんですよね。じゃあ、上白糖でも食べるかと。次点で三温糖。グラニュー糖は食べた気がしないのでダメです。このブログの意義上、深夜に紅茶で上白糖流しながら記事を書くケースが多そうなので、こんなブログ名になりました。他の候補は「メレンゲ、ゼラチン、砂糖水」「毒にも薬にも」「チラ裏」「焼き直し」「出来心」。こうして並べれば大体傾向がつかめますね。そうです。それで合ってると思いますよ。

 

名前の由来

古川砅。ふるかわわたる。文芸部でのPNです。本名をガチャガチャいじったらこうなりました。亜流でごにょごにょやってる感が伝わる良い名前ですね。TwitterのVサイン名義でもよかったんですけど、旧ブログとは違うんだぜ精神でこっちの名前をとりました。

 

書くことがなくなりました。早い。小説やレポートを書いてるときはここで膨大なシンキングタイムが発生して苦労しますが、この手の文はテキトーなところで書くのを止められるので楽ですね。また書きたくなったら書きます。