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上白糖、大盛りで

特に益はないです

ロジカルな文が書けない

こんばんは。いい夜ですね。
別にいい夜でもない? そもそも夜に読んでいるとは限らない?
社交辞令は難しいですね。
こんばんは。チラ裏はそれなりに自由です。
最近、積み本の消化をしています。積み積み積まれた小説・ラノベ。申し訳程度に置かれている新書・勉強本。なにゆえ買ったのちくま学芸文庫
最近一番面白かったのは『おにぎりスタッバー』でしょうか。たぶんライトノベル。タイトルと同名の第一章でぶん殴られました。おにぎりってそういうことですかよ。一見ごった煮エンタメっぽいのに筋はちゃんと青春小説だったり、文体の癖が強すぎるのが逆に魅力的だったり、あと主人公かわいい。続編というか前日譚『ひとくいマンイーター』も良かったです。こちらの文体は比較的正統派。けれどもキャッチー。何でしょうねこれは。内容については終盤「うぐわぁ」とうめきながら第一章を読み返しました。最終章も良かった。以上。気になったなら読みましょう。
読んだ本の感想を書くのって楽しいですね。今から書く話とは全く関係ないですけど。

「ダメなトピック」の話
まあ単純に「見聞きすると不快になるもの」と言ってしまってもいいんですけど。
私は、外科手術とか内臓の病気とかの映像を見ていると貧血気味になります。教習所で見た救命講座のビデオも辛かった。細かく考えると「死」そのものと違って「死の近辺」は知覚しうるものであるから「近辺」に対しては共感が強く働いて云々みたいな話だと勝手に思ってるんですけど、端的に言えば生理的に無理です。
あとは、無下になるものを見ると悲しくなります。観客ゼロのストリートミュージシャンとかホテルバイキングの食べ残しとか。しょうがないんですけどね。感情がきしむ。意地悪く言いかえると、倫理的に無理です。(倫理とは普遍的、世間的なものではないかという方は前回の記事か太宰治の『人間失格』でも読んでください)
皆さんはどうでしょうか。いえ、不快になるのであんまり考えなくていいです。
「ダメなトピック」は人によって違いますが生理的なものと倫理的なものに大別できます。そういう話です。

倫理性について

さっきの私の例にも言えることなんですけど、生理的にダメなトピックって大体クリティカルで、逃げるか黙ってやり過ごすしかまともな手がないんですよね。生理的に判断できる時点で否定しようがないから。
で、次は倫理的にダメなトピックをどうするかです。これは割とどうにでもなります。見ざる聞かざるを貫けばそのうち忘れますし、良心的に解釈してダメ認定から外すという手もあります。それでも足りない時は、自分で原因を取り去れば良いのです。演奏を終えた彼に拍手を送りましょう。お皿にミートパスタでも乗せましょう。まだ足りない? 他の人に声をかけましょう。何をどうしても共感が得られない? 諦めましょう。嫌? 怒りましょう。え、怒ったんですか。マジですか。

というわけで今回言いたかったことは「怒りは倫理性よりもたらされる」でした。君自身の為に怒っているんだとか、それでは社会でやっていけないぞと怒鳴るとか、そういうのに辟易する理由はこの辺りだろうな、という感じで。

 

これ、書き手の私はノリノリですが、読んでる側としてはどうなんですかね。「ダメなトピック」?

 

言語化してみることに意義があるのです

皆さん、こんにちは。あるいは、きのうは、おとといは。

つくづくライブ感がないですね。

改めまして、こんにちは。

線形の単位ありました。普通にうれしい。すばらしきかなB/(A+,A,B,C,D)。ありがとう線形。おかげで自分は四則演算が苦手らしいことがわかった。小学生かよ。何はともあれ、普通でよかった。普通が一番。

普通について

「普通」という言葉、結構普通に使うんですけど「普通」って何なんですかね。とりあえず「ありふれたこと」とすると各人の言動・思考は各人にとって大概ありきたりですし、日常というものは然したる変化がないからこそ日常なので、大体の事象が「普通」で片付きます。あなたも普通。私も普通。一億総普通社会です。え、違う?  ええ、正しくは「あなたも(自称)普通。私も(自称)普通。」ですけど。いいじゃないですか。

常識について

いくら普通像に個人差があるとしてもそれぞれの要素を照合すれば、最大公約数的な普通像が得られるだろう。それこそが真っ当な「普通」じゃないのか。こう言語化した人がどれだけいるかはともかくとして、そういう発想に基づいて形成される知識体系がいわゆる「常識」というものなのではないかと思うのです。円滑なコミュニケーションを行うには普通像が近いことか普通像を把握することが必要になりますが、ではコンセンサスをとりましょうかと日常会話でおっぱじめるほど人間暇ではないでしょう。そこで役立つのが「常識」です。初対面の人と会話するとき、天気の話でお茶を濁すことができるのも常識のおかげですし、当たりを付けて趣味を探ることができるのも常識のおかげです。「常識」は「普通」と同じく個人差のあるものですが、その成り立ち上、担い手の少ない常識は担い手の多い常識に淘汰される性質があります。そう、常識とは多数決の産物なのです。行く先が集合知か衆愚かは神のみぞ知る。良くも悪くもないところに落ち着くのが常とは思いますが。「良くも悪くもない」というのは結局「普通」ということですか。そうですか。

 

微妙に小論文っぽくなってきましたが、眠いのでこの辺でやめます。結論…? リテラシー辺りだと思いますよ。

 

タイトルを考える気力はなかった

皆さん、いかがお過ごしでしょう。

ところで、この場合の「皆さん」は誰を指すのでしょうね。少なくとも読んでるあなたはワンオブ皆さんです。ウェルカムトゥーマイ皆さん。え、願い下げ?

仕切り直して、皆さんいかがお過ごしでしょう。

私はと言えば、授業も短期バイトも終わり「休暇中の大学生」と書いて「むしょく」と読ませる生活が続いているのが現状です。期末試験とバイトの頭をぶつけて死ぬかと思った。正直、線形の単位辺りは死んでる感触がある。阿保ですね。まあ過ぎたことです。

時間ができると急にブログが欲しくなったので、ブログを開設しました。

Twitterを始める前に使っていたブログも現存しているには現存しているのですが、あちらは役目を終えたかなということでおニューのブログを設えました。いや、だって中高生のときのブログなので。何書いたか思い出すだけで恥ずかしくて恥ずかしくて。このブログも直に恥ずかしくなるのでしょうね。

こういう中身のない140字以上の文を書き連ねるためにつくられたのがこのブログです。誰も読まなくていいんですけど、読まれる可能性があることそれ自体が書き手に緊張感を生むのだー的な。雰囲気づくりですよ。170226.txtじゃ味気ないんです。

 

ブログ名の由来

深夜帯に動いてるとき、眠気覚ましに紅茶を飲むんですけど、そういうときって大体、手元にお茶請けがないんですよね。じゃあ、上白糖でも食べるかと。次点で三温糖。グラニュー糖は食べた気がしないのでダメです。このブログの意義上、深夜に紅茶で上白糖流しながら記事を書くケースが多そうなので、こんなブログ名になりました。他の候補は「メレンゲ、ゼラチン、砂糖水」「毒にも薬にも」「チラ裏」「焼き直し」「出来心」。こうして並べれば大体傾向がつかめますね。そうです。それで合ってると思いますよ。

 

名前の由来

古川砅。ふるかわわたる。文芸部でのPNです。本名をガチャガチャいじったらこうなりました。亜流でごにょごにょやってる感が伝わる良い名前ですね。TwitterのVサイン名義でもよかったんですけど、旧ブログとは違うんだぜ精神でこっちの名前をとりました。

 

書くことがなくなりました。早い。小説やレポートを書いてるときはここで膨大なシンキングタイムが発生して苦労しますが、この手の文はテキトーなところで書くのを止められるので楽ですね。また書きたくなったら書きます。